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どうやら頭部を失っても記憶はなくならないらしい。少なくともプラナリアにとっては。

幹細胞が全身に存在するというプラナリアは、その著しい再生能力から再生医療の研究によく使われてきた。1匹のプラナリアを半分に切断すれば、2匹の完全なプラナリアとなり、2週間ほどでその脳すら完全に再生される。しかしプラナリアの特性は再生能力だけではない。1960年代に行われた研究では、本能的に光を避けるプラナリアでも「光のある場所に餌がある」とトレーニングされた個体は、インプットされた記憶を長期間覚えていることが可能だとされてきた。しかも驚くべきことに、半分に切断後、尻尾から新たな頭部を再生したプラナリアでも、かつてのトレーニングを“覚えている”のだという。ただしそれが事実、「脳から記憶を想起」した結果なのか、光や匂いに対する「条件反射」や「感作」のようなものの影響なのかが明らかにされていなかった。

そこで米マサチューセッツ州タフツ大学のタル・ショムラットとマイケル・レヴィンが、この謎の解明に乗り出した。『The Journal of Experimental Biology』に掲載された論文によると、彼らは数百というプラナリアの環境(温度、時間、水の種類、餌の種類など)を徹底的に均一化し、長期記憶のためのトレーニングもすべて自動化。さらに光による条件反射や感作の影響を極力避けるために、プラナリアをざらついた表面のあるペトリ皿に移し、そのざらついた環境にこそ餌があると学ぶよう、暗闇で10日間のトレーニングを施した。

正しく脳(中枢神経)を使って記憶されているかを調べるテストには、プラナリアの光を避ける習性を逆手に取り、青いLEDライトで餌を照明。ざらついた表面に餌があると知らないコントロールがペトリ皿の縁から動かなかったのに対し、学習した個体は、光を避ける習性があるにもかかわらず、その感触を頼りに餌へと到達した。研究者らは、その記憶が最後のトレーニングから14日間は持続することを確認。その後プラナリアを咽頭前で半分に切断し、頭部の再生後(切断から10~14日後)に長期記憶が残されているかどうかを、餌への到達時間をコントロールと比べることで判断した。

結果は常識的に納得のいくものだ。新たな脳を完全再生したのだから、覚えていないのは当たり前だと思われるだろう。事実、トレーニングを施された頭部再生後のプラナリアと、記憶トレーニングなしのコントロールを比べると、ざらついた表面上にある餌への到達時間はさほど変わらなかった。しかし驚くべき結果はここからだ。


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